他者の考察への攻撃的・皮肉的、茶化すようなコメントは控えるようお願いします。

【ケムリクサ】姉妹たちの「離脱」をキーワードにした物語構造の考察

ケムリクサ, 考察 (39)

りんたちは「この支配からの卒業」をしたかった訳ではない、という話です。

今回は『ケムリクサ』における物語構造を、姉妹たちの「離脱」をキーワードに考察します。

映像分析ではなく、アニメを比較文学的に観ようという試みの論考です。

ネタバレ注意!
#ケムリクサ
#たつき監督
#irodoripic.twitter.com/ph1YXBeYAC
『ケムリクサ』のストーリーを大まかにいうと「赤い霧に包まれた謎の世界で、姉妹たちが安住の地を目指す話」です。

完走した皆さんならお分かりでしょうが、彼女たちは「魔王に抗う勇者パーティ」ではなく、自分たちの生存が第一で、毎日を生きるエネルギーとして「水」と「好き」を求めている。 pic.twitter.com/3hkVeggjRJ
「赤い霧の正体」とか「廃墟化した世界の構造」といったことは旅の目的になっていない。
「ヌシやムシ退治」も、降りかかる火の粉を払うことに等しい。

りょくを除いた姉妹たちにとっては「世界を支配するものは何か」や「自分たちを排除しようとする外敵は誰か」といった考えが優先されないのです。 pic.twitter.com/bXI5dlN9Qs
『ケムリクサ』をユニークな名作たらしめるのは、正にこの「支配者(支配)がいない物語構造」です。

ここで比較したいのは、過去の名作たち。
『エヴァ』
『涼宮ハルヒの憂鬱』
『魔法少女まどかマギカ』
です。

これらの物語には、いずれも「支配者」が付きまとっていました。
『エヴァ』では、碇シンジを支配する存在として様々なヒト・モノがあります。
ゲンドウ、ミサト、アスカ、ネルフ、エヴァ初号機。
また「男らしさ」「父親への反発心」「承認欲求」なども、シンジを縛ります。

「逃げちゃダメだ」と言いつつ、自主性に乏しいシンジが苦労する作品です。
『涼宮ハルヒの憂鬱』では、ハルヒが「退屈な日常」という支配者を、自分の中で無意識に育て上げた「超自我の巨人」によって倒そうとする。

しかし、キョンが救いとなります。

ハルヒは「楽しい日常の支配者」となることで満足し、キョンは「やれやれ」と言いつつ、それに付き合うのです。
『まどマギ』では「魔法少女になること自体が支配されること」という恐るべき論理が展開されます。

魔法少女になることを夢見る少女たちのエネルギーが利用され、その支配は明確に示されている。

彼女たち自身の希望や絶望という概念すら、エネルギーとして支配されています。
過去の名作たちには「支配者(支配)」の存在が大なり小なり存在し、主人公は何らかの形で「反逆」することになっていました。

しかし、『ケムリクサ』では、誰も反逆しなかった。

姉妹たちは反逆ではなく、好きに生きられる地を求めて、旅路をゆく。 pic.twitter.com/UPGVelhNV4
これは反逆ではなく、「逃亡」なのか?

僕は敢えて、「離脱」という言葉で表したいと思います。

逃亡は、何かしらの権威や支配から見て「〜は逃げた」という指向性を持ちます。

古代エジプト王国から見たモーセ達は「逃亡者」ですが、モーセ達は自身はエジプトから「離脱」していっただけのように。
姉妹たちは、ワカバを救うことを諦めたりりによって離脱して良いことになっている。

ただし、りりは姉妹たちの価値観を縛るほどの支配者ではない。

使命を帯びた探求者として姉妹たちを送り出すのではなく、ワカバの願いを汲んで、好きに生きることを願いました。 pic.twitter.com/5XEVvheNoi
『ケムリクサ』ではそもそも「支配者の存在」を物語で明示していない。

支配者の存在を抜くことで、「支配者を倒す」「支配から逃れる」といった過去の物語構造から「離れた」のです。

対立を生みにくい「離脱志向の物語」が『けものフレンズ』より先鋭化したのが『ケムリクサ』だと考えられます。 pic.twitter.com/CT8mJozZKO
現代には多くの「対立」があり、それに疲れた観客が「支配から離脱した物語」として『ケムリクサ』を支持している…とは言いません。

それよりも、たつき監督はじめirodoriのスタンスや作家性として「離脱志向」があり、それが『ケムリクサ』の物語構造とリンクしているのが僕は面白いと思うんです。 pic.twitter.com/ZZHHPZejGc
『けものフレンズ』で一躍有名になったとはいえ、irodoriはまだまだアニメ界のアウトサイダー(集団の外部)であり、オルタナティブ(主流ではない)な存在。

動画サイトへの投稿やTwitterによるバズが話題になるところなど、主流から敢えて「離脱」しています。
(逸脱ではなく、離脱) pic.twitter.com/xEM1thqtBA
ただし、離脱しているからこそ自立が求められ、自身の好きなことや得意なことを強みとする必要がある。

『ケムリクサ』は同人版の頃から「外側に向かう」というテーマを持った作品であったため、リメイクした今、離脱志向のirodori自身とリンクする作品になり得たのではないか…という読みです。 pic.twitter.com/QSoxW5FWsy
あくまで、これは一つの読みに過ぎません。

ただし「支配者の不在」「反逆せず、離脱することが目的」となる『ケムリクサ』のユニークな物語構造は、たつき監督の十八番となり、今後のirodori作品で洗練されていく可能性はあります。

irodoriの次回作でどんな物語構造を打ち出すのか要チェックです! pic.twitter.com/BG9j796YmZ
結論です。

・『ケムリクサ』に登場する姉妹たちは、謎めいた世界の解明よりも自分たちの生存を最優先として旅を続けている。

・『エヴァ』『ハルヒ』『まどマギ』では、主人公たちは支配者に対して反逆や勝利を収めていたが、『ケムリクサ』は「支配者(支配)がいない物語構造」になっている。
・『ケムリクサ』は「離脱」がキーワード。
それぞれ自分の「好き」を見つけてほしいという、りりの願いがあり、姉妹たちは価値観による支配を受けることもない。

・たつき監督はじめirodoriのスタンスや作家性として「離脱志向」があり、それが『ケムリクサ』の物語構造とリンクしたことが魅力的。
・irodori次回作でも「支配者の不在」「反逆せず、離脱することを目的とする」のは変わらずやるかもしれない?

以上!終わり!
一島突破!
わかばは処理する!

じゃあ俺、りょくちゃんに
「このせかいのほんとうのしくみ」
として、真言立川流を教えてくるから… pic.twitter.com/vOOOVfbm01